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【アラベスク】  第3章 盲目Knight



第2節 西からの風 [9]




 メリエムが案内したカフェは、本当に小さな店だった。個人宅を改造したような造りで、知らぬ者ならば入るのを躊躇してしまいそうな、少し冷たい品の良さを漂わせてもいる。
 だいたい、主婦などが趣味ではじめたそれらなどは ”誰でも気軽に” や ”アットホーム” を売りにしながらも、どこかしら疎外さを感じさせもする。オーナーや店主の、好みや趣味が前面に押し出されている故に、それらを理解できない者には、少々敷居の高い場所でもある。
 親しい者とそうでない者に対する態度に、違いを感じる。
 メリエムは入るのは初めてだと言いながらも、まったく臆することなく開き戸を押した。
 カラランと、これまた品の良いベルの音。店主の明るい声が二人を迎える。
 カウンターに、女性が一人。
「お好きな席へどうぞ」
 その言葉に、メリエムは奥のテーブル席へと向かう。美鶴はただ、その後へ続く。
 向かい合って座る二人のもとへおしぼりと水を運び、コーヒーのオーダーを受け、店主はカウンターの向こうへと戻っていった。
 再び世界は二人のものとなり、そこに流れる沈黙。肌の色ゆえだろうか、少し白目の目立つメリエムの視線とぶつかり、美鶴は思わず逸らした。
 【唐草ハウス】からここまで、ほとんど何の会話もない。

「あなたは、知っておくべきだと思うわ」

 何を知っておくべきなのだろうか?
 意味深な言い回しの中に、瑠駆真の影を感じる。西洋の血が、そう言わしめるのだろうか?
 西洋人ははっきりモノを言うと聞いたことがあるのだが、必ずしもそうとは限らない、ということか?
 名乗る前から名前で呼ばれ、少々癪にも障る。こちらも名前は知っている。名前で呼ぶべきだろうか?
 だが、こちらから声をかけても、その先にどんな言葉を続けるべきなのか、美鶴は思いつくことができない。そもそも、話があると言っているのは相手の方だ。
 知らぬ間に深い思案の世界へと落ち込んでいた為、店主の声に思わず目を丸くした。
「お待たせいたしました」
 二つのアイスコーヒーとミルクを手際よく置き、砂糖の存在を簡潔に説明してその場を去る。
 カウンターに戻った店主に向かって、客の女性が声をかけた。小声だから内容はわからない。だが、こちらのことを話しているようだ。
 メリエムの存在が、気を引いたのかもしれない。
 親しげに応対する店主。きっとカウンターの女性は、店主の好みを理解し、この店の在り方を理解する親しい存在なのだろう。
 この時点で、店主と女性客、メリエムと美鶴。その間に、壁が一枚出現する。
「あー おいしいっ」
 アイスコーヒーを一気に半分ほど飲み干して、メリエムが満足そうに呟いた。
「ジメジメしているのに、なんだか喉が渇くのよね」
 美鶴もストローを加える。一口飲むと、そのまましばらく止まらなくなった。気付いていなかっただけで、喉が渇いていたようだ。
 三分の一ほど飲んだところで、一度ストローを離す。それを待っていたかのように、メリエムが口を開いた。
「ルクマって、何も言ってないの?」
 唐突に問われ、無言で見返す。その視線に、メリエムは西洋人らしく肩を揺らした。
「本当に困った人ね」
 ガラスのコップから手をはなし、おしぼりで手を拭いてからゆっくりと椅子に背を凭れさせる。
「とりあえず念の為に言っておくけど、私とルクマとの間に男女の関係はないわ。いろいろ誤解されてるみたいだけど」
「はぁ」
 だっ 男女の関係…… ですか
「ずいぶんと気の無い返事ね。私とルクマとの関係なんて、興味なかった?」
「まぁ」
「それとも……… 興味がないフリをしているだけ?」
 …………
 ニッコリと笑う相手に、だが美鶴は表情を変えない。
「ふふっ 面白い態度ね。まぁいいわ」
 美鶴の態度に気分を害した様子もなく、ただ相変わらず穏やかな表情。
「ルクマの方から話すつもりはないみたいだけど、誤解って意外と面倒だからね。言うべきことは言っておくわ。あなたはルクマから部屋を提供されている人だから、知る権利はあるはずだし、知る義務もあるはずよね」
 瑠駆真から提供された部屋の存在。
 名義は瑠駆真の父親になっているという。その父親は現在アメリカにいて、瑠駆真とは離れて生活している。
 その部屋の存在を知っているこの女性は、ゆっくりと長い足を組んだ。
「私の名前はメリエム。瑠駆真の父親の秘書をしているの」
 すでに知っている名を名乗られ、その身分を明かされても、美鶴はどう反応してよいのかわからない。
「秘書って言うと聞こえはいいけど、まぁいろいろ、ミシュアルのお手伝いをしているってカンジね。あぁ、ミシュアルって言うのはルクマの父親の名前」
「知ってます」
 今まで はぁ とか まぁ などといった曖昧な返事しかしなかったのだ。突然はっきりとモノを言われ、メリエムは言葉を失った。だが、知っているコトを改めて説明されるのは、なんともまどろっこしい。
 父親の名は、部屋を借りる時に瑠駆真から教えられている。
 早く本題に入ってくれと言わんばかりの美鶴の態度に、メリエムはおもろそうに口元を上げる。
 だが美鶴の態度には触れず、自己紹介を続ける。飽くまで自分のペースを保とうとする態度に、気の強さを感じた。
 それとも、素っ気無い態度を貫く美鶴に、対抗意識でも燃やしているのだろうか?







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